いざ自宅

1ヶ月健診も終わったことだしと、重い腰を持ち上げ、夫の休みのタイミングに合わせ、自宅に帰ることにした。

帰るに当たって一番の気がかりは、「抱っこ紐を使って子どもと外出ができるのか」だった。生後二週間くらいのときに、ベビービョルンを中古で買い(出産前に用意してなかったのかよという声には耳を塞ぐ)、いさんで装着してみたのだが、子どもが小さすぎてまだ使えそうになかったのがとてもショックだった。ビョルンは新生児期から使用可っていうから買ったのになんてことだ、この子の成長を待つしかないのか、使っても大丈夫そうになるのはいつになるんだ!ととても焦りを覚えた。スリングも試してみたのだが、こちらもやはり不安定だし片手はやはり支えねばならず、暗澹たる思いがした。

しばらく抱っこ紐を放置していたのだが、帰宅1週間前に試しに装着してみよっかなーとやってみたら、なんとか使える大きさになっていた。夫に抱っこさせて、3人で夜の散歩に行ってみるとスヤスヤ寝ていたのでこりゃあいいや!とやっとなったのでした。

買い物に行くのに両手が自由になっていないと話にならないなと思っていたので、このことは本当に私を安心させたし、今後の生活を送る自信も少し持てた。これで近所のスーパーやコンビニにも子どもと行けるし、がんばれば電車だって乗れそうだ、やったあ、と目の前が明るくなった。もちろん子連れであることでいろんな困難はあろうが、自由を手に入れたぞ!という思いの方が強かった。

ベビーカー買えばいいじゃんと母には言われたのだが、いまのところ使用する回数が少なそうだし(夫の休日は子どもを車に乗せてショッピングモールとか行くぐらいだろうしショッピングモールにはカートがあるからベビーカーいらなそう)、夫がいなくても車がなくてもフットワーク軽く動き回りたいなと思うので、もう少し購入は先送りすることにしたい。なにせまだうちの子はちびっこなのだ、抱っこでしばらくはがんばろう。

1ヶ月超、子どもと一緒に暮らした私の両親は、子どもが帰ってしまうことがさみしいので「その子だけ置いて帰ってもいいんだよ?」と冗談を言った。近いのでいつでも連れてくるよと言っておいた。かつ、帰宅の翌日さっそく母に自宅に来てサポートしてもらうことにした。

帰宅後、環境が変わったことに気づいて泣いたり夜も寝なかったりするかな?と思ったが、これまで通りといった反応だったので安心した。相変わらず夜間は起こさないと起きない。

私もひとりで子どもといる時間が増えて、不安になったりしたいことができずイライラしたり、私の働きかけで子どもが笑うと嬉しさが爆発したりと、情緒が忙しい。星野源の新曲「Family song」を聴いてボロボロ泣いた。泣き止まない子どもを抱っこしながら。

「ただ 幸せが 一日でも多く 側にありますように 悲しみは 次のあなたへの 橋になりますように」

いまの私へのエールのように思えた。これまで幾度となく音楽に救われてきたけれど、子をもうけてからもそれは同じで、今まで好きだったものは変わらず好きだし、ライブや舞台を観に行って英気を養うことを、親になったからといって諦めたくないなと思った。私の精神の安定は子どもにもいいものをもたらすはずだ。夫にも好きなことを諦めてほしくないなと思うので、笑顔で大好きなツーリングへ送り出してあげたいと思う。

夫は営業職なので運転する時間も多く、寝てもらわないと事故が怖いなと思っていたのだが、私を気づかい早朝の授乳は自分がやると言ってくれた。そうしないと共倒れになるよ、と。いつまで続くかは分からないが、いまはありがたいお言葉に素直に甘えておこうと思う。

目下の悩みは子ども用品が増え部屋が片付かない(片付ける元気がないともいう)ことだ。母も夫もゆっくり片付ければいいよと言ってくれるが、みんなどうしてるんだろう子どものものの収納とか。いやそもそも収納とかインテリアとか苦手でセンスのかけらもないので、統一性のない部屋を眺めるたびにがっくりくる。いっそ収納のプロに頼んでしまいたい!とりあえずクローゼットにぐちゃぐちゃとしまいこんでるものたちをなんとかしてくれ!とどこまでも他力本願な私である。

 

出生前診断

実は妊娠中、新型出生前診断(NIPT)を受けた。

不妊治療の病院で、妊娠判定後に「35歳以上の方には伺っているのですが、出生前診断については考えていますか?」と先生に聞かれた。以前から夫に「妊娠したら出生前診断を受けてほしい」と言われており、私としては複雑な気持ちもありつつ、お産に向けて少しでも安心して臨みたいという思いもあったので、受けることにした。

通っていた病院では検査を行っておらず、別の病院に受診することになった。夫婦で受診し、検査についての説明を詳しく受けたあと、同意書にサインし、採血を行った。

結果は2週間ほどで出た。2週間の間、もし陽性の結果が出たら、私達はどういう選択をするのだろうか?という思いは消えなかったが、あまり考えないようにもした。結果が出てからその先のことについては考えようと思ったし、夫も同じことを言っていた。一人で結果を聞きにいったのだが、結果は陰性だった。ほっとした、ということしか思えなかった。

産前産後も追跡調査のため受診してくださいということだったので、出産予定日の2ヶ月前と2カ月後に予約を入れられた。たった数回とはいえ産院とは別の病院に通わないといけないのは面倒くさかったが、産院ではもらえなかった3Dのエコー写真がもらえたり、すべて同じ先生が見てくださるという安心感があったり、悪いことばかりではなかった。

そんなわけで今日、産後の診察を受けに行った。出産時の様子を母子手帳を見ながら聞かれ、最後に、第二子妊娠の際はまた検査を受けようと思われますか?と聞かれた。正直、第一子でいっぱいいっぱいなのでとても第二子について考える余裕は今ないし、夫も40代半ばなので、諸々のことを考えても厳しいだろうとは思う。が、第二子のときもたぶん検査を受けると思う、と答えた。

検査で分かることはほんのわずかの種類の障害の有無だ。かつ、産まれたときはなにもなくても、成長するにつれ分かることもあるだろう。出生前診断が命の選別につながると批判されていることもわかる。ただ、検査結果を受けて、産む前にいろんな覚悟を決めることができるのはいいことだと思う。いや、検査を受ける、ということ自体、覚悟を決めなければ受けられないと私は思う。検査後に待ついろんな決断を、自分たちは責任を持ってしきれるのか。そして、産まれてくる子を慈しみ育てようと努力することができるか。そこに考えを巡らせることができていればいいのではないかと思う。

1ヶ月健診

ようやく1ヶ月健診の受診日が来た。

母親が同行してくれたとはいえ、行くまでが憂鬱だった。抱っこ紐がまだ使いこなせないからずっと手がふさがるし疲れそうだなあとか、ミルクをどのタイミングで飲ませようかとか、診察中や待ち時間の間大泣きしたらやだなあとか、なにか異常が見つからなければいいけどとか、色々考えすぎていた。

結果として、子どもはずっと泣かずに無事に健診を終えられた。案ずるより産むが易し。

まず私の産後の回復を見られたのだが、30分くらい待たされた。1ヶ月健診は金曜日にしかやっていないのと通常の外来も並行してやっているので、なかなか呼ばれない。周りの赤ちゃんはぐずぐず言いだし、父親や祖父母があやしていた。それを尻目にうちの子はうとうとしつつもおとなしくしていた。ひやひやしつつもようやく順番が来て、診察してもらい、子宮の回復もよく、今日から入浴などオッケーですと言われた。まずは第一関門突破。

小児科にうつり、すぐに名前を呼ばれた。体重・身長・頭囲を測定。ぐずらない。先生に聴診器をあてられる。泣かない。K2シロップを飲まされる。一気飲みした。ということで非常にスムーズに、しかも特に問題もなく終わり、ほっとした。体重も出生時からちょうど1kg増えていて一安心。ミルク育児バンザイ。

ひとつだけ、お尻の穴の上の方にくぼみがあるけど、心配しないでください、お猿さんだったときの名残りですからと言われた。くぼみに汚れがたまりやすいのでそれだけ気をつけてくださいとのことだった。今まで全く気にしたことがなかった。帰ってから調べてみると、なかには穴があいている子や手術が必要な子もいるらしい。知らないことだらけだなあと痛感する。

待たされたこともあり、帰ってからすごい勢いでミルクを飲み干したので、お腹をすかせてしまい申し訳ないと思ったが、ともかくこれで一緒に外出もできるし、自宅にも帰れそうだ。自宅に帰るのは不安もあるが、ようやく家族3人での生活が始まるのだなという嬉しさもある。夫とともに、いろんな人の力を借りながら、神様からのあずかりものであるこの子を育てていこうと思う。

 

生後1ヶ月

無事、生後1ヶ月をむかえた。

誕生からここまで、一日一日がとても濃密で、過酷だった。いつになったら1ヶ月経つんだろう、その頃には今より心身ともにマシな状態になっているのかな、とずっと思っていたが、ちゃんと時間は過ぎるものですね。

1ヶ月検診は来週なので子どもの成長具合は素人目でしかないが、ありがたいことにすくすくと大きくなっている。体重もようやく3kgを超えたようだ(普通の体重計で、子どもを抱えて乗ったあと私だけ乗ってその差を計算しているので推定体重だが)。

ミルクを飲むのは相変わらず下手だし、まだまだ量も他の子に比べて少ないが、100mlを飲めるときもあり、50mlを1時間くらいかけて飲んでいた入院中から比較すれば大進歩だろう。

手足をよくバタバタさせ、泣いて興奮し激しく動いているときはミルクをあげるのに苦労する。抱っこしていても足をキックするので、私たちもよくお腹をけられて痛い。歩き出すの早いかもしれないね、と先日訪ねて来てくれた友人(7歳女児の母親でもある)は言ってくれた。

泣き声以外にも、時々小さな声であー、とかうー、とか言うようになった。機嫌がいいときよく言う気がする。私もあー、と返すと時々返してくる。コミュニケーションがとれるようになってきたのかなと思い、喜びが湧いてきた。

新生児期の何がつらいかって、産後のしんどい身体に鞭打って必死でお世話をしてるのに、相手は何にも感じてなさそうな反応なのがつらい、と私は思う。初産であればどちらも初心者だからお互いの要望がよくわからずなおさらつらい。

つらいのに、これから子どもも大きくなってもっと大変になるよとか、動き出すと自分の時間なくなるからネンネ期がチャンスだよとか言われ、いやいや、オレはいま!いまがしんどいだ、まずはそれを労ってくれ、そして今でさえ自分の時間はねえよ、そんなクソバイスいらねえ!と1ヶ月の間何万回も思った(大げさ)。いまのしんどさを同調してくれず、周りにはもっと大変なひともいるのよ(だから我慢してがんばれ)とか、今はまだマシなほうだよ、これからもっとしんどいよーとか言ってくる人には心の中で「お引き取りください」ということにした。しいたけ占いさんのアドバイスなのだが、かなり効果ある。ありがとうございますしいたけ占いさん。

私と10日違いで男児を産んだ友達がいて、その子とはいまのしんどさを分かり合えるので、お互いとても励みにし、1週間に一度はLINEしている。先輩ママからのお言葉もいいのだが、なんのアドバイスも送りあえないけど、いままさに同じつらさを抱えているひとと、わかるわかる!と言い合いながら乗り越えていくのが、私には一番いい気がしている。

いまのところ、お守りかわりに処方された精神安定剤は飲んでいない。自宅に帰ったら頼るのかもしれない。というか、自宅にいつ帰ろうか悩んでいる。1ヶ月検診はあと1週間先で、それが終わったらもう帰る予定だったのだが、月末子どもと産院とは別の病院に行かなければならず、自宅から行くとなると距離・時間的にかなりハードルが高い。なのでそれが終わってからか?など考えている。子どもが小さいので抱っこ紐もまだ使う勇気がなく(試してはみたが不安定すぎて心配)、こりゃわたしゃ子連れでお出かけっていつできるんだ?と遠い目になってしまう。

なんにせよ、よく1ヶ月がんばったな、子どもも、私も、と自画自賛ながら思う。いまでも目覚めるたびに隣で眠る我が子を見て「うわあ、私に子どもがいるよ」と思うのだが、妊娠できなかった時の苦しさとか、妊娠中「とにかく無事に産まれてさえくれれば」とずっと祈っていたこととかを、忘れないでいようと思う。子育ては気力体力ともに消耗するが、その気持ちがあれば、なんとか、だましだましでもいいから、乗り越えていけると思うのだ。

 

生後4週目

魔の3週目に感情が大爆発し両親及び夫に当たり散らしたこともあってか、精神的にかなり落ち着いてきた。

今週から、一日一度は外に出ることを自分に課している。夫にそう勧められたのだ。もともとおうち好きなので外出できなくてもさほど苦ではないのだが、子どもと両親と私でずっと家にいると、やはり閉塞感がある。それもあってお互いに対してストレスが溜まってしまう。精神衛生上、一定の距離を保つことは大事だ。暑いし動くと身体がしんどくなるし身だしなみを整えるのも面倒なので、出かける前はめんどくせーなーやっぱ今日も家にいようかなと何回も思うのだが、外出して帰宅すると気分が晴れていることに気づく。泣いている子どもに対しても「あーら泣いてる、元気ね」なんて思って抱き上げることができる。

先週までは、どれだけ寝てもしんどいし動くのが億劫だ、いつになったら私は元気になるんだろうと不安だったが、眠いなと思ったら寝る、家族に子どもの面倒を見てもらうことをためらわない、できないことが多いことを申し訳ないと思わずにこの子を産むのに一番がんばったのは私なんだから今くらいは休ませてくれよと思っておく、というのを心掛けた。すると、気兼ねなく休息をとっているから外に出る気もおきてくる。外に出たらリフレッシュする。その繰り返し。周囲のおかげで、心身ともに回復してきているなと感じる。

子どもは、昼間は約一時間ごとに目を覚ましては抱っこやおむつ替えやミルクを要求するのだが、夜ものすごくよく寝る。先週は体重を増やさねばという思いで無理やり3時間ごとに授乳をしていたのだが、夜中泣かなかったらそのままにしてみようと思ってそうしてみたら、0時から7時まで泣かない。泣かないもんだからこちらも起きず、ミルクをあげていない。このやり方で大丈夫なのかはよくわからないが、こちらは寝られるし、おしっこもうんちも出ているし、なにより体重は順調に増えているようだし身体がむちむちしてきたので、しばらくは様子を見ることにする。そもそも私が昔から隙あらば寝る人間なのだ、その子もよく寝る子だとしても不思議はあるまい。

心療内科にも、すぐに予約が取れたので行ってみた。まあ、産後だし、もともと抱え込みやすいタイプだもんねえ、とさほど心配はされなかった。信頼の置ける外部の預け先を、育休中にどんどん見つけていったらいいよ、家族だけじゃしんどくなるから、とアドバイスを受けた。一時預かりを行っている団体(母親のリフレッシュが目的でも大丈夫!と紹介文に書いてあってほっとした)を教えてもらった。大丈夫そうだから薬は出さないよ?と言われたが、母乳じゃないんですよねーというと、じゃあお守り代わりの薬出しておこうか?世界で一番弱い薬だし、しんどくなったときに飲めばいいやつだから、と処方箋を書いてもらった。イマイチこの手の薬の効き目に懐疑的なのだが、安定剤は飲んだことがないのでやってみるのも手だろう。つらいと思っても薬飲めばなんとかなるかも、と事前に思っておけば、悪化しない気もする。なんの変化もないとか、効きすぎてしんどいとかだったらまたおいで、と言われた。こういうクリニックに来てこんな気軽な感じでいいのだろうかと思ったが、そこまで深刻じゃないからこそだろう、と思いたい。

 

生後3週目

生後3週目は魔の3週目らしい。

赤ちゃんが外の世界に出たことを認識しはじめ、戸惑い不安になって泣くことが多くなる。それと同時に母親も心身ともに疲れのピークを迎えているので、泣くばかりの我が子を前にどうしたらいいのかわからなくなり苦痛を感じる。というのが生後3週目あたりからあらわれるそうだ。

確かに我が子も、先週より起きている時間が(特に昼間)増えたように思う。そして泣いている時間も増えた気がする。ずっと泣き続けるわけではないのだが、それでも急に火がついたように泣かれると、こちらもワタワタしてしまう。なだめすかし、落ち着かせ、ベッドに置いて、様子を見、ほっとしていたらまた泣き出し、というのを繰り返す日中。それ以外はミルクをやりおしめをかえ、私も食べるか寝るかちょっと読書かネットするかで、なにもしてないのにあっという間に時間がすぎてしまう。それで十分じゃないか、と誰かにいってもらわないと、なにやってんだろ自分は、と思いがちだ。

 

私は元来、人に頼ったり甘えたりするのが下手だ。

幼い頃からいわゆる「出来のいい子」「手のかからない子」で育ってきたせいなのか、母親の生真面目で我慢しがちな性格を受け継いでいるせいなのか、人を頼るタイミングが遅いらしく、限界までがんばってしまい(でも本人はまだまだ全然がんばれてない、もっと自分でがんばらないとと思っている)、もうどうにも立ち行かなくなってようやく、叫ぶように「誰か助けてくれ!」と言える。周囲にとってはめんどくさいことこの上ないだろう。

仕事でも家事でも育児でも、 自分で考える「やるべきこと」がたまっていくと、当然できないこともうまれる。それをひとにやってもらうと、「本当はそれ、私がすべきことなのに、やらせてしまって申し訳ない」と思ってしまう。そういうシーンが増えると、自分に対して無能感がうまれ、(本当はそんなことないのに)何もできない自分なんている価値がない、と思考が飛躍してしまう。体調が悪い時に特にそうなりがちだし、自分で思っているより自分の器が大きくないのに「こんなもんじゃないだろ、またまだやれるだろ自分」と問題をいくつも抱えてしまうことに、なかなか気付けない。そういう自分が嫌で、なんでもっと楽に生きられないんだろうとずっと思っている。

家事や子どもの世話ももっとしたいのに、身体がしんどいし、疲れてしかたないからできない、そういう自分はただ怠けているだけなのではないか、母としてのつとめが果たせていない自分はおかしいんじゃないのか。誰も責めているわけではないのに、ずっと責められているような気がする。ちょっと否定的なことを言われるととても傷つく。唯一日常接する人である両親にあたってしまう。わかっている、自分で自分を責めて傷つけているだけだということは。でも、その思考からなかなか抜け出せずつらい。マタニティブルーズなのは間違いないだろうが、このままこれが続いて、産後うつを発症するんじゃないのか。そういう思いに取り憑かれている。とにかくいろんなことがこわい。

 

でもちょっと気持ちが楽になったことがある。

ある日、実家に顔を出してくれた夫に、今日はしんどくてほとんど横になっていた、子どもの世話もほぼ母が見てくれて、私はなにもしてなかったと言うと、夫は「よかったじゃん、そのために実家にいるんでしょ?」と言った。まだ身体しんどいんだろうねとか、無理せず休んだらいいよとかの言葉を期待していた私は「えっ…」と絶句したが、目からうろこが落ちた気がした。そうか、そういう風に考えればいいのか、親に負い目を感じる必要はないか、と気付かされた。

それから、今週は退院時に予約した母乳外来を受診した。担当してくれた助産師さんは私の気持ちをうまく汲み取ってくれ、付き添った母にもそれを説明してくれた。母とはいまいち考えや思いがかみ合わず、母からの言葉がぐさりと刺さることがたびたびあるのだが、私も母と何回も言い合いましたよと完全同意してくれたのが心強かった。なかなか自分の口からは言いづらいことを第三者から言ってもらえると、母も冷静に聞いてくれるので、たいへんありがたかった。

子どもの体重もちょうどよく増えているね、心配してたけどよかった、母乳はあげてます?と聞かれ、びくびくしながら「母乳あげるのしんどくて、ミルクだけにしてるんです」というと「ああ!それでいいと思う!しんどいことはしなくていいよ!」とあっさり言ってくれた。今はとかく赤ちゃんには母乳が一番!あげられるのならどんどん母乳をあげましょう!という論調が強いので、病気があったり母乳の出が明らかに悪かったりするわけでもなく、ただ身体がしんどいから母乳をあげる元気がない、今でさえ悩みが多いのに母乳という悩みが多そうな問題まで抱えたくない、という私はおかしいんじゃないのかとずーーーっと思っていたので、ものすごくほっとした。よかった、やっと解放された、と思った。母からもずっと「泣いてる時に母乳あげたら子どもも落ち着いて寝るんじゃないの?」と言われ続けていたので、母の前できっぱりと言ってくれて本当に本当によかった。

外来では子どものことは全く心配されず、終始私の心身の状態を心配された。顔がむくんでるみたい、寝られてないんじゃない?まあ、寝られないよね…ということから始まり、入院中の様子を知っているからか、実家にいるうちに、心療内科に行ってみるといいと思うとアドバイスを受けた。今日の様子見てるとたぶん大丈夫だとは思う、でもひどくなる前に行ってみるのもいいと思うよと。このわけのわからない恐怖や自責の念が止まらないことを放っておくと、よりひどいほうにいくのではないかと思うので、一回行くだけ行ってみようかなと思った。一年前に通っていたクリニックにとりあえず行ってみよう。

生後2週目

実家での生活が始まった。

母はあまり体力がなく、父は家事がまるでできないので、どうなることやらと思っていたが、だいぶ軌道に乗ってきた。

哺乳瓶が病院で使っていたものと若干違うので、うまく飲んでくれるか心配していたが、2週目の終わりには1日500mlは飲めるようになった。当初は、授乳時間が長いのでミルクをあげる時間がやってくるのが正直憂鬱だったのだが、飲むペースが早くなったおかげで、だいぶ楽になった。

ただ、吐き戻しが時々あるのが心配だ。10分以上身体を縦にして背中をトントンやっているのに、おいた途端にゲロゲローっとミルクを吐き出すことがある。吐くのはよくあることらしいし、詰まらせずに吐くだけましとは思うが、やはり毎回ヒヤヒヤする。服もびしょ濡れになるし。

こちらに不安なことやイライラがたまっていると、すぐ子どもは感づくのだなということもわかった。ミルクを飲まなかったり、ずっとぐずぐずしていたり。なかなか難しいが、何事も「まあいいか、死にゃしねーよ」というくらいの気持ちでいるくらいが私にはちょうどいいのかもしれない。

23時〜2時くらいの時間帯が一番しんどい。寝てほしいが寝てくれないだけでなく、ハイパーぐずぐずタイムらしい。何をやってもダメな時はおしゃぶりを与えている。おしゃぶりの使用の是非はあると思うが、病院でもやっていたようだし、こちらが疲れ果てるくらいならたまにはいいだろうと私は思っている。

母体状況としては、悪露が黄色になってきた、おしもの痛みはほぼなくなったが歩いたり座ったりが長くなると疲れてしまう、猛烈なねむみに襲われるようになってきた、などがあげられる。基本的に私は隙さえあれば寝てしまう人間なのだが、臨月以降それがぱたっと止まっていた。出産にむけて心身ともに緊張状態にあったのだろう。いいことなのか悪いことなのかはよくわからないが、「いつも通りの私」が戻ってきた感があって、私としては嬉しい。

夫はほぼ毎日実家に顔を出し、両親よりもうまく子どもの相手と世話をしている。夫はトライアンドエラーを繰り返しながらスキルアップすることに喜びを感じるタイプなので、創造性が求められる子育てという仕事は、夫の得意分野なのだと分析している、勝手に。こりゃいいや、私はどんどん夫に頼っていこう、とほくほくしている。